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Vol.83 2006/2/24 NANIWA EXP@大阪BIG CAT




 シミちゃんから「ナニワ」に誘われたのは19歳の時だった。エレクトーンスクールに通 いながらジャズに目覚めた小学校時代(暗っ!)にジャズピアニストを目指し、そのうち大学の軽音に入ってサックス奏者を目指すようになり悶々としていた大学2年生に、プロという道から3つのお誘いがあったのだ。その一つはエレクトーンの先生、もう一つはその時大阪にあったフルバンド「ニューソニックジャズオーケストラ」のピアニスト、そしてナニワ、なぜかこれらが同時にやってきた。青柳は何の迷いもなくナニワを選んだと思う。それがすべての始まりだった。そしてその約1年後、ナニワは当時のCBSソニーからデビューすることになった。




 ナニワでは「ケンさんがシンセをいっぱい弾きたいので、地でピアノ(エレピ)を弾くパートをやってほしい」と。当時「サックス奏者」を目指していた青柳だったのだが、話し合いの結果 、じゃあピアノとサックス両方やろうってことに落ち着いて、ライブをやり始めた。

 その時のドラマーは、いま岩崎宏美さんのバンドをお願いしている鎌田清氏だったのだが、鎌田氏はその後すぐに東京ユニオンに引っ張られ上京することに。そこへ登場したのが東原力哉氏だった。ここで現在の青柳(p,sax)、清水興(b)、岩見和彦(g)、中村建治(key)、東原力哉(ds)という5人のメンバーが揃ったのだ。デビュー後は毎回精根尽きるライブ(笑)を年間100本以上と言うペースで続け、約5年で解散した。




 2003年、いい歳になったメンバーで約17年ぶりに復活。復活後さらに2枚のアルバムをリリースし、楽しくライブ活動もやっていたのだが、青柳はナニワをしばらくお休みする決断をした。このメンバーは家族と言ってもいいつながりで成り立っている。その気持は自分も他のメンバーも同じだ。そのバンドをお休みするという理由はここではとうてい書ききれないのだけれど、とにかく今はそれが一番いい方法かなと思った。青柳はお休みしますが、青柳の音楽活動の出発点であるNANIWA EXPの音楽を、これからもぜひ応援してください!
▲NANIWA EXPでの吹き納め?
▲お休みにあたってケンさんと力哉氏から洗礼を受ける青柳(笑)。